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【あの日の】涙が出るほどいい話【想い出】3.0

1 :ほんわか名無しさん:2007/02/17(土) 16:12:45 0
ここは2ちゃんねるにいる人が泣ける話を投稿していくスレです。
一応スレタイは「いい話」となっていますが、
たまには悲しい話や、嬉しすぎて涙が出てくる話もいいかなぁ〜、なんて思っています。
あと、投稿に遠慮はいらないので、
「泣けないかもしれない」と思っても自分がちょっとでもジーンと来たらぜひぜひ書き込んじゃって下さい( ´ー`)ノ

投稿していただく際はハンドルネームやレス板を名前欄に入れてもらえるとありがたかったり。

穴開き靴下さんが作ってくださったまとめサイト
http://homepage2.nifty.com/ah75/namida.htm

過去スレ
涙が出るほどいい話
http://human5.2ch.net/test/read.cgi/honobono/1133870188/
涙が出るほどいい話 2ホロリ目
http://human5.2ch.net/test/read.cgi/honobono/1137492232/
【あの日の】涙が出るほどいい話【想い出】2.5
http://human6.2ch.net/test/read.cgi/honobono/1148988719/

2 :ミッチー ◆Michy/YYVw :2007/02/17(土) 16:21:46 0
あっそ

3 :ほんわか名無しさん:2007/02/17(土) 18:19:24 O
前スレ埋まってないけど書いてもいいですか?
泣けるか分からないけど…
しかも携帯からですが。

4 :1 ◆zBvvMGYmRg :2007/02/17(土) 18:24:06 O
>>1
本当にお疲れ様でした。
マジで感謝ですm(__)m

>>3
遠慮なくどうぞ〜( ^ω^)

5 :ほんわか名無しさん:2007/02/17(土) 18:32:05 O
>>3
聞きたいわ

6 :2*女:2007/02/17(土) 18:50:50 O
>>4>>5どもです。
出先でしかも先程あった出来事なので長文になるかもしれませんが。
↓書きますね

7 :2*歳女:2007/02/17(土) 18:54:58 O
私は帰る場所も仕事も彼も無くした、そんな時期がありました。
彼の就職先が決まり、私は都内の仕事を辞め地元で就活してました。
親にも挨拶し、子供は結婚してからにするかとか、そんな将来の話をするのが日課で。
しかし彼は、好きな仕事を一生懸命頑張ってる私が好きだったそうです。
仕事を辞めてからの私は一気に生力を失い、結婚する為だけに何とか体を動かしてた、そんな状態だと彼は気づいた。

8 :2*歳女:2007/02/17(土) 18:58:56 O
それが別れのキッカケ。
絶望的でした。
仕事も彼も失った。帰る場所はあの狭い部屋。家族は昔に亡くなった。

彼と連絡を取るのを辞め、携帯を変え、暫くしてから偶然彼を見かけました。女性が助手席に座ってました。
一緒の事なのに女性が元カノ(既婚)だと分かった。行き先は私と同じ駅だった。

9 :2*歳女:2007/02/17(土) 19:02:32 O
彼は彼女だけを下ろしUターン。
…私は異常な程泣いてました。
彼女は結婚しているし子供もいる。離婚して寄り戻すなんてあり得無い事、いくらネガティブな私でも分かった。
私も駅へ歩いた。恥ずかしながら、号泣しながら彼の表情が脳裏を過ぎって離れなかった。
今まで見た事の無い悲しい表情だった。

10 :2*歳女:2007/02/17(土) 19:22:19 O
ホームで電車待ちをしてる時、彼女が旦那さんの所へ駆け寄るのが分かった。
私、全身震えたよ。
そろそろ電車が来る時刻。電車に乗り込めない程号泣していた私。
小走りで改札に戻ろうとした時
その時彼女が私を引き止めたんだ。

『ハンカチあげます』
たったそれだけ言いハンカチを渡し旦那の所へ戻ってった。
先程まで正直ムカついていた。彼を利用するな!こんな素敵な旦那がいるのに!と発狂しそうだった。
しかしそんな感情が徐々に薄れてった。

11 :2*歳女:2007/02/17(土) 19:27:53 O
彼は彼女と長年付き合ってて、結婚を考えてたらしい。まさか彼女にフラれるなんて思ってもいなかったそうです。
理由は私が彼と別れた時と同じ

『我慢しないで好きなことをして欲しい。無理して相手の言うこと聞く必要ない』

ああ、彼女も彼も私も、同じ呪いにかかってると感じた。
彼女もまた、彼女が彼に言った様に、彼が私に言った様に、私や彼の知らない誰か、愛する誰かにそう言われ悲しい別れを選択したのではないかと。
だって彼女は他人である私にハンカチをくれた。誰もが出来る事じゃない。彼も彼女の様にとても優しい人だった。

12 :2*歳女:2007/02/17(土) 19:32:17 O
しかも私はそれに気付かず同じ過ちを侵そうとしてた。仲良かった友人と何となく付き合う雰囲気にまで発展させていた。
勿論嫌いじゃないが、傷を癒やす為の道具として利用してた。


今駅のトイレにいます。
泣きそ…

13 :2*歳女:2007/02/17(土) 19:47:16 O
今改札出て駅前のマックへ移動してます。
ここに書き込みする前に現在の彼に別れを告げました。『好きな人がいるから』と。
多分一時間以上トイレに籠もってました。
今日遊ぶ約束をしてた友人に断りの電話をしなくちゃと電話をしたら『あんたの地元まで来た。何かあったんでしょ?』
駅前マックにいるみたい。
嬉しくてまた泣けてきた。何が言いたいか分からない上に文章滅茶苦茶だけど。
人を思い続けるのはとても辛いし、時間が解決するなんて迷信だと思う、だけど誰かがまず全身しなきゃ何も解決しないと気づけた。心配してくれる友人もいる。それだけで何気幸せだ。
長文スマソ名無しに戻ります

14 :ほんわか名無しさん:2007/02/17(土) 20:47:16 O
幸せになれ( ;ω;)

15 :ほんわか名無しさん:2007/02/17(土) 22:39:22 0
>>1
遅れたが乙b

16 :ほんわか名無しさん:2007/02/17(土) 23:30:44 O
age

17 :ほんわか名無しさん:2007/02/18(日) 00:25:42 O
>>1
乙です。ありがとう。

18 :ほんわか名無しさん:2007/02/18(日) 04:32:37 0
大学が決まり一人暮らしの前日の日
親父が時計をくれた。
金ピカの趣味の悪そうな時計だった。
「金に困ったら質に入れろ、多少金にはなるだろうから」
そういってた。
二年生のある日、ギャンブルにハマリ家賃が払えなくなった。途方にくれていた時。
ハッと気がつき、親父の時計を質にもって行った。
紛れもない偽者であることが判明した。
すぐに親父電話した。
俺「おい!偽者子供につかませんなよ!」
親父「なっあてになんねーだろ人のゆうことなんざ。困った時にこそ裏切られるんだよ
   最後の頼みの綱になー。がはははは!これが俺の教育だよ。」
親父「でいくら必要なんだ?金に困ったんだろ?」
俺「・・・・あきれるわ。十二万貸してください・・・」
親父「明日振り込むから、何があったかは聞かない。金がない理由は親にいえない事が多いわな!」
親父「がはははは!女にでもはまったか?このバカ息子が!!ははは!!」
正直心底むかついたが、親父の声は俺を安心させてくれた。
今思うと、小さい会社だが経営者らしい教育だったのかなと思う。
そんな親父も去年の夏、ガンで死んだ。往年の面影も消え、ガリガリになった親父が
また時計をくれた。まだ箱に入った買ったばかりの時計だった。必死で笑顔を作りながらいった。
親父「金に・・困ったら質にでも・・・入れろや・・!」
オメガのシーマスターだった。くしくもその日は俺の誕生日だった。
俺「親父の時計はあてになんねーから質には入れないよ。」
二人で笑った三日後親父は死んだ・・・・
親父が死んだ今も金ピカの時計はメッキもはげたがまだ時を刻んでいる。

19 :ほんわか名無しさん:2007/02/18(日) 09:43:58 O
>>18
いい親父さんでしたね(;ω;)

20 :ほんわか名無しさん:2007/02/18(日) 13:43:13 0
私は小さな頃〜青年期まで虐待を受けていて、それが心の傷になってる
今でも人に大してうまく向き合えない。
でも夢がある。小説家になるっていう。
大人になってから開いたブログで、たまに虐待のことを書き込むと
「大変だったね」とか、短い文章を返してくれる人がいる
ここ最近妄想や幻聴が酷くて、精神科に行った。
自分では統合失調症を発症したんだろうと思う。そうブログに書いた。
そしたらその人から珍しく長文レスが帰ってきた。
「ほらもう妄想してるwそこは100人に1人の才能に目覚めたんだと
思わないと! 人ごとだからかも知れないけど、マイナスをプラスに
変える気持ちは大事だよ。頑張れ!」だってさ。
バカやろう。何そんな短い文章で人泣かせてんだよ。
こんな情けない私でも、丸ごと受け止めてくれてありがとう。

21 :ほんわか名無しさん:2007/02/18(日) 17:07:58 O
人は人と共に成長してくんだね

22 :ほんわか名無しさん:2007/02/18(日) 22:05:51 O
良スレ

23 :R.D. ◆Roku..thsQ :2007/02/19(月) 07:17:19 O
久々に来てみたよ。やっぱオレ好きだなぁこのスレ(*´ω`)保守w

24 :ほんわか名無しさん:2007/02/19(月) 07:29:11 O
踊ろうぜ

25 :ほんわか名無しさん:2007/02/19(月) 19:49:57 0
ついさっき、猫を手放したんだ。
別に里親に出したとかそういう訳じゃないぞ!

六日前に、家の親父が四ヶ月くらいの迷い猫を保護してきたんだ。
マンションの入り口んとこにいて、住人の後を追っかけまわしてたらしい。
首輪してたしテラ毛並み良かったもんだから、
多分室内飼いだったんだろうな。
で、ウチに来たはいいんだが、奴めウチで普段飼い猫やってるフリスキー
喰わねえのww
どんだけいいもん喰っとんのかと。ウチは十一匹も猫飼ってるから安物買わないと
やってらんないわけ。軽い財布から絞りだしたエサを、喰わないの。
その上仕方がなく缶詰やったら今度は玄関にウソコしやがるww
親父も俺もキレたね。
怒りの余り何故か家族中で喧嘩して、家庭崩壊しかけたヨwww
(続く)

26 :ほんわか名無しさん:2007/02/19(月) 20:05:52 0
25続き
険悪なムードの漂う中、俺はしみじみ思ったわけよ。
コイツ疫病神だ!テラヤバス
他の猫とも全然仲良くならないし。
で、今日やっと飼い主が見つかって、厄介払いしてきた。
これでスッキリサパーリするはずだったんだが…、

何だ俺、涙止マラナスwwwwwwwww
何毎日玄関でドアに向って鳴いてんだよww
何窓から外見て悲しげな顔してんだよww
何初対面の俺に甘えてんだよww
何飼い主が迎えにくる当日になって突然他の猫と仲良くなってんだよww
何じゃれついてきてんだよww家に帰せってかwww?wwww
バカジャネーノオマイwwwm9(^Д^)プギャー!
飼い主もう来てんだよwwとっとと帰れやアフォwww

何で俺の猫だったわけでもねえのに泣いてんの俺ww
よかったな帰れて。
幸せに暮らせよ。もう脱走とかすんじゃねーぞ。
後、俺のこと忘れたりしたらあうあうあーするぞ。

もし…、もしもっかいだけ会えたら、またじゃれてくれな。
俺、おまいのこと好きだったからさ。

27 :ほんわか名無しさん:2007/02/20(火) 13:06:38 O
K

28 :みつばち:2007/02/21(水) 05:06:47 O
皆さんどうもo(^-^)o
ケータイから失礼します。

私のちっちゃい時からの幼なじみKがいるんですけど、
Kの家では猫を飼ってるんですけどね。
その猫の名前はジャブって言います。
スッゴい目つき悪くてまっ白なデブ猫です。
そいつはK宅の主といった感じで、いつも堂々ベットやらソファーの真ん中を占領。
普通の猫なら多少は愛想が良いものなのにそいつきたら、
客人は無差別に自慢の爪で反撃。いつもフゥーフゥー威嚇。
飼い主であるK家族でさえ引っかかれ傷多数。
寝てる隙に触ろうとしてもすぐさま起き、マジ切れ。
生意気を通り越し、私にとっては恐ろしい存在になりました。
いや、友人もみんなそう思っているだろう。
そのせいかそいつの呼び方もジャブさん。と、さん付け。
多分ここまで怖い猫はいないと思う。ここまで人を威嚇する猫はジャブさんぐらいだ。
でも、それは無理もない事なんです。

ジャブさんは捨て猫でした。

29 :みつばち:2007/02/21(水) 05:08:14 O
まだ子猫なのに親猫はいなく、本来真っ白いはずの毛並みは薄汚れていて、今とは想像つかないほど痩せっぽっちなチビ猫でした。
そして真冬の公園をウロウロしていたらしいです。
それを、まだ幼稚園児だったKと一個上の近所のおねぇさんMがたまたま発見したそうです。
しかしそのおねぇさんMは、家でいろいろな動物を飼っているのに虐待したりする、私たちの間では動物虐待で有名の人だったのです。
まだか弱いジャブさんは当然のようにターゲットにされ、真冬の一番寒い時期だというのに公園の水道でジャブジャブと水洗いました。
おもちゃで遊ぶ様に楽しそうに。
子供って残酷ですよね。
ちなみに名前の由来はジャブジャブ洗われてた所からきてるそうです。
Kって単純。

一個上と言うこともありKはおねぇさんM逆らえず、
必死で抵抗するジャブさんを見てるしかできなかったそうです。
飽きたのか、洗うのを止めたおねぇさんMは水びたしのジャブさんを放置して家に帰ったそうです。
そんな季節に水びたしのなんで凍死するじゃないですか。
Kはほっておけず自分の上着にジャブさんを包み、家へ連れて帰り飼うことにしたそうです。

こんな過去から、ジャブさんは人間不信になったのだとおもいます。
というより敵意。
ジャブさんは本物にすごい怖い。けど実は結構好き。


30 :みつばち:2007/02/21(水) 05:09:52 O
Kとは今まで一緒だったが高校で別れてしまい、家はめちゃ近所なのにお互いの新しい生活であまり遊んだりしなくなった。
それでもたまには電話したりする。
電話するたび私の第一声は「元気〜?ジャブさん生きてる〜?」だ。
そしたらKが「おん、生きとるよ〜超元気」と返事。毎回最初はこのやり取りだ。
だからいつものように「元気しとる〜?ジャブさん生きてるか〜?」って、聞いた。
当然いつもの様に同じ返事がくるだろ。そう思ってたけど違った。

「・・・・あぁ、ジャブな、死んだんよ。ちょっと前に。」
マジですか。
最初は信じられなかった。あの強さだから余裕で百年近く生きて化け猫にでもなるんじゃねーかと思ってたくらいだから。
Kとはちっちゃい時から一緒にいて、その時すでにジャブさんはすでにK宅の主だった奴だから。
信じられなかった。
電話が終わった後、ちょっぴり涙でた。
ジャブさんとの思い出は威嚇されたり、引っかかれたり、追いかけられたり、
恐ろしい記憶しかないけど
やっぱり好きだ。
きっと友人たちもそうであろう。

ジャブさんはみんなの記憶に恐怖な印象お残して星になりました。
でも記憶の中でジャブさんは強烈に存在し続けてます。

きっとジャブさんはあっちの世界にいってもボス的キャラで堂々としてるだろうな〜
と、思ったりした今日この頃でした。


以上、長文駄文失礼しましたo(_ _*)o

書き逃げ三 (/ ^^)/

31 :ほんわか名無しさん:2007/02/21(水) 09:18:18 0
それは辛かったね
ジャブさんの冥福をお祈りします
でも悪いこと言わないから2ちゃんで顔文字はやめとけ。叩かれるから。

32 :ほんわか名無しさん:2007/02/21(水) 15:41:36 0
>>30
ポコポコ

33 :ほんわか名無しさん:2007/02/22(木) 23:58:52 O
33GET

34 :ほんわか名無しさん:2007/02/24(土) 12:52:14 O
age

35 :ほんわか名無しさん:2007/02/26(月) 00:31:09 O
保守

36 :ほんわか名無しさん:2007/02/26(月) 01:55:29 0
ほす

37 :ほんわか名無しさん:2007/02/26(月) 14:18:23 O
いい話募集age

38 :ほんわか名無しさん:2007/02/28(水) 14:31:24 O


39 :ほんわか名無しさん:2007/02/28(水) 18:29:51 O
>>38
泣いた

40 :ほんわか名無しさん:2007/02/28(水) 18:43:55 O
あれは一年前の夏、自分はオーストラリアに短期留学したんだ
留学先はオーストラリアでもかなりの田舎で、もう訛りがすんごいの!何言ってるかわかんない。そんなのも手伝って引っ込み思案な自分はなかなか現地の人達とコミュニケーションとれなかった
そんな時に自分は学校がえりに降りるバス停間違えて道に迷ったんだよ
会話もロクに通じない見たこともない土地でどうしていいのか分からなくて、真っ昼間の田舎だから人も通らない
心細くて泣きながら歩いてたらどっかの家の子供3、4人がかけよってきて『どうしたの?泣かないで?』って話し掛けてくれてさ
見てくれなんかまだ小学校の低学年と幼稚園児なのにね
しゃくりあげてしゃべれなかった自分の背中をさすって、大丈夫大丈夫っていってくれて、住所書いた紙見せたらそこまで連れてってくれてさー
どんだけしっかりしてんの!こっちは当時高校二年生だっつーのに!
涙で顔ぐちゃぐちゃ、しかも炎天下で鼻血までふいてるってどんだけ情けないの!恥ずかしかったわ!
しかも、後日、手紙とお菓子をわざわざ持ってきてくれて『友達になってね?』ってどれだけ可愛いの!こっちが土下座してお願いいたしますだよ
留学中優しい君達にホントに助けられましたありがとう!元気にしてるかな?ロナーニ達?久しぶりにメールしてみようかな
君達を見習って今では街で困ってる人を見るとサッと助けることが出来るようになったよ。優しさは伝染するってホントなんだね

41 :ほんわか名無しさん:2007/02/28(水) 20:27:55 O
心細かっただろうね
うんと気持ちが温かくなった・・・
見習おうっと

42 :ほんわか名無しさん:2007/03/03(土) 17:26:16 O
>>1さんお久しぶりです。
初代スレの時に自分の話を載せた者ですが、大学に合格しました!
久々に2ちゃんをしていたらこのスレを思いだしたので書き込んでみました。

43 :ほんわか名無しさん:2007/03/03(土) 23:44:07 O
>>43
おめでとう!

44 :ほんわか名無しさん:2007/03/04(日) 00:18:08 O
おめでとうございます!

45 :1 ◆zBvvMGYmRg :2007/03/04(日) 02:24:29 O
>>42
おおお!マジでおめでとうございます!
努力が実ったんですね。尊敬します。
そして、このスレを思い出してくれたことに感謝です 笑

46 :ほんわか名無しさん:2007/03/04(日) 04:56:56 O
中学の頃、バスケ部だった。背が低かったけど、足がまあまあ速くてすばしっこかったのと何より負けず嫌いだったので、2年になった時に念願のレギュラーを貰えた。一番高い番号だったんだけどね。
でも、自分と同じくらいのレベルの子は沢山いたし、前にその番号だった子がバスケ部のリーダー(みたいな感じだった)子と仲良くて、

「なんで○○(自分)がその番号しょってんの?」
「下手くそ」

とか、そんな悪口を聞こえるように言ってくるようになった。いじめ(というほどでも無い気がするけど…)られるようになった。
だけど、そんな事で自分の力で取ったこの番号を渡したくなかったから黙って耐えた。

2年の終わり位。自分とは違う部活で親友といっていい程仲が良かった子と一緒に登校してる時に突然、

「○○(自分)なんか死ねって、バスケ部の子が言ってたよー」

って、笑いながら言われた。馬鹿にした笑いじゃなくって、本当に楽しそうに笑ってた。何も言えずに黙った自分を、面白そうに見ていた。
…裏切られたとかは無くて、ただ悲しかった。なんか全てがどうでもよくなった。→

47 :ほんわか名無しさん:2007/03/04(日) 04:57:59 O
卒業するまであまり学校に行かず、高校の後期試験に落ちて、まあ頭はそんなに悪く無かったから二次募集の通学が通学が登下校合わせて3時間かかる学校に通う事になった。
誰も知り合いが居ないし、一からやり直せるかなあと思った。


そこで一人の子とすごく仲良くなった。ある時、なんとなく中学の事を言ったら

「そ、」

とだけ言って、他には何も言わずに隣にいてくれた。それがなんだか、すごく嬉しかった。あの子とは違うんだよーって、自分の中で確認できた気がした。
それから一年くらいして、私が中学の時の話したの、覚えてる?と聞いたら
「…何か聞いたっけ?」(真面目顔で)
と、本当に忘れているみたいだった。いや、興味あるもの以外は全て忘れる君の事だ、忘れているに違いない。



今じゃ何も言わずとも通じあえる、熟年夫婦みたいな私達。ジュースをこぼされても、「あーあ…」とこぼしたジュースの心配をする貴方が大好きです。



過去は忘れられないし、変えられない。

来年は進学で、違う道を行く私達だけど。今、こうして、親友というよりは悪友の君と一緒にいられる事もきっと、一生忘れないよ。




かなりの乱文失礼しました……見てはいないだろうけど、悪友Rへ。沢山のありがとうとこれからもよろしく、を込めて。

48 :ほんわか名無しさん:2007/03/04(日) 12:16:40 0
泣けた………
良い友達に巡り会えて良かったね。

49 :1 ◆zBvvMGYmRg :2007/03/04(日) 14:51:34 O
>>47-48
いい友達ですなあ…
何も言わないでも通じ合える関係って憧れます。
過去に辛い経験があったからこそ、その親友との出会いがあったんですね。

50 :ほんわか名無しさん:2007/03/04(日) 20:49:30 0
すこし長くなりますが、父の話をします。
うちは5人家族に犬が2匹、父は小さな会社の平社員で、決して裕福な家庭ではありませんでした。
無口でシャイな父は、普段から家族ともあまり話さず、友人も少ないようでした。
私はそんな父が大好きでしたし、時々休みの日に何も言わず遊びに連れ出してくれるのが、とても嬉しかったです。
母、姉、妹は明るくてお喋りでしたが、私だけは父に似たのか小さい頃から物静かで、
父とは言葉を交わさなくても、一緒にいるととても幸せでした。
今まで母には数え切れないくらい叱られ、叩かれたことも星の数ほどあります。
でも父に叱られた記憶はありません。もちろん叩かれたことも。
母に叱られて泣いている私を、やんわりと庇ってくれる優しい父でした。

そんな父が、突然入院しました。私が高校2年生の夏でした。
身体が大きくて丈夫だった父ですから、私も最初は軽い気持ちで、すぐ退院できるものだと考えていました。
でも、日を追うごとに父は痩せ細り、お見舞いに行く度に酸素マスクやら呼吸器やらが増えていきました。
それでも父は私がお見舞いに行くと嬉しそうで、特に言葉も交わさず、
病室に備え付けられたテレビを長いこと一緒に観たりしていました。
しかし、入院してから1ヶ月近く経ち、父は自分で呼吸ができなくなりました。
体内に機械を入れて呼吸しなければならない、
でもそうすると物も食べれないし言葉も話せなくなると、先生に言われました。
父は「治ればまたもとに戻るんだから」と言って、機械を入れる直前も、
特にたくさん物を食べたり話したりすることもありませんでした。

それから1週間も経たずに、父は眠るように亡くなりました。入院から1ヶ月とすこしでした。
私はすぐに現実を受け入れることができなくて、涙が出てきませんでした。
まだあのベッドに父が横になっているような気がして。
また父が家に帰ってきて、靴箱の上に自転車の鍵を置く音がするような気がして。

51 :ほんわか名無しさん:2007/03/04(日) 20:50:52 0
お通夜の日に、父の友人の奥さんが私に話をしてくださいました。
無口な父が、友人に私の話をしていたそうです。
「あの子は教えてもないのに、昔から絵がすごく上手なんだ」と、私の自慢をしていたそうです。
それを聞いて、私は涙が止まりませんでした。
私は小さい頃から絵が好きで、よく絵を描いていたのですが、
父が面と向かってそれを褒めてくれたことなんてなかったからです。
ああ、お父さんは何も言わないけど私のことをちゃんと見ててくれたんだ。
そう思うと嬉しくて、それにありがとうと言えないのが悲しくて、涙が溢れて止まりませんでした。
それから数日後、父の遺品を整理しているとき、私が幼稚園くらいの頃に描いた下手くそな絵が
大事にしまわれているのを見つけて、また泣きました。

あれから2年半が経ちました。
私は今、芸術系の大学で、絵の勉強をしています。
奨学金を受けながら、ギリギリの生活だけど、毎日頑張っています。
あのとき、父の話を聞いて、真っ直ぐ夢に向かって進む決心がつきました。
お父さん、私、お父さんのおかげで、今、とっても毎日が充実しているよ。
何も言わなくていいから、天国から見守っていてね。ずっと大好きだよ。

52 :ほんわか名無しさん:2007/03/04(日) 22:50:11 O
>>51
泣けた(;ω;)何だか私ととても似ている気がします。私も絵が好きで、昔父に見せて褒めてもらった思い出があります。でも父は4年前に亡くなりました。今でも実感がわきません。
あなたのお父さんはきっと優しくあなたを見守ってくれてると思います。私の父も見守ってくれてるかな………。

53 :ほんわか名無しさん:2007/03/05(月) 21:33:13 O


54 :ほんわか名無しさん:2007/03/06(火) 01:44:02 0
俺は今日久しぶりに泣いたよ。
去年、高校を辞めて、春からは「船長になる」という夢をかなえるための学校に行く俺。
今日はアルバイトだった。国際展示場のイベントの荷物を運ぶクロネコヤマトのバイト。
仕事は、重いものもあったけど、タバコも吸えたし、仲良くなった人がいたからまあよかった。
四時に仕事が終わり、帰路につく。国際展示場から新木場までの無料バスが出ていると聞き乗り場へ向かった。
いつまでたってもバスがこないので、タクシーの運ちゃんに聞くと「イベントがある日しか出てないよ」
俺は金が無かったので、臨海線の駅まで歩いた。そしていざ切符を買おうとしたら金が無かった。
恥ずかしい話だが、そのときの俺は190円すら無かった。
俺は困り果てて、駅員に「すみませんが、お金を忘れてしまったので貸していただけませんか?」と聞くも拒否された。
この時点で半泣きだったが、道行く人々に声をかけるも「知りません!」とか「ごめんなさい!」って逃げられた。
そりゃそうだよな、色めがねかけていてゴツイやつが話しかけたら引くわな。
当方に暮れて、駅の壁に座り込んでうつむいていたら、ホームレスのおじさんが話しかけてきた。
「そこのゴツイ兄ちゃん、どうした?」って。そのおじさんに事情を話したら、なにも言わずに俺の手に300円握らせてきた。
「必ず返しますから!」って名前を聞いたが、「そんな立派な人間じゃねえよw」って言いながら言ってしまった。
駅員も誰も助けてくれない、このとき俺は「冷たいなあ」って思ったが、人の優しさに触れてその場で涙が出てきた。
新木場に着いたら俺の自転車は無くなっていた。たぶん撤去されたんだ。
たまにはいいかなと思いながら、南砂の家まで歩いた。
歩いているあいだ、暖かい気持ちで、涙が止まらなかった。
おじさん、本当にありがとう。


55 :ほんわか名無しさん:2007/03/06(火) 02:27:26 O
>>54
明日 返しに池。

借りた金は 返すんだぞ。

56 :ほんわか名無しさん:2007/03/07(水) 11:49:10 O
agare

57 :ダメ娘:2007/03/07(水) 12:54:34 0
おかん、あんたは凄いわ。
母子家庭で毎日働いて、でも、毎日ウチのご飯作ってくれてて。
ウチが17の時、馬鹿して捕まって鑑別所入ってってした時も、気丈に振る舞ってたな。
後から周りに聞いたけど、陰で泣いてたらしいやん。
そんで面会の時ジュース2本買ってきてくれて、しかもちゃっかりウチの好きなジュース。
覚えててくれたんが嬉しくて、部屋戻ってから泣きまくったわ。

そんなこんなで馬鹿ばっかりして、散々困らせたウチやけど、今年結婚します。
今は病気で辛いかもしれんけど、おかんにはウチがおるから、もう無理せんでいいよ。

これからはウチがおかんの面倒見るから、安心しててな。

58 :ほんわか名無しさん:2007/03/07(水) 13:50:43 O
私の父と母は、昔から仲が悪かった。

喧嘩する仲というよりも、冷え切っていた。それは、小学生だった頃の私にもわかる程だった

気付いたら父が別居していたりと、どちらかというと母と一緒にいた記憶のほうが多い。

強くて美しい母は、私には冷たかった。理由は未だにわからない。

母が夜に遊びに出掛けるのを、私が泣いて嫌がると、重いソファーに潰して出掛けたり

学校帰りが少しでも遅くなると、遠くから走って家に入ろうとする私を、母は玄関から冷たい目で睨み、玄関の鍵を締めたり

とにかく、嫌われていた

そして私は、どんどん壁を作った

傷つかないように

大好きなママに、これ以上嫌われないように

続きます

59 :ほんわか名無しさん:2007/03/07(水) 14:00:52 O
私が中学生になった時には、既に完全に別居となっていて、父と会う事はほぼなくなっていた。

兄はグレてしまい、高校を中退し家を出ていってしまった

冷え切った関係のまま、母と私の二人暮しで数年過ごした

中学三年の半ばのある日

ママは、夜遊びをせず家にいた

嫌な予感がした

ご飯を食べ終わった後、ママは言った

『ママ、離婚して東京に行くから』

美人で、気丈なママが、私の膝の上で泣いた

初めて泣いた

壁が出来上がっていた私には

無表情で『そう』『うん』としか言えなかった

でも、そんなママの姿を見て私の涙は止まらなかった。ママは私を嫌っているのに

なぜ泣く?

続きます

60 :ほんわか名無しさん:2007/03/07(水) 14:13:02 O
私が高校に上がったら出ていく、とママは宣言した。

ママとの二人暮しも、高校に上がったら終わり。それからのママは、壁はあるものの優しかった。

高校の入学式の朝

ママは数年ぶりに『おはよう』と言ってくれた。気恥ずかしいせいか、笑顔ではなかった。でもママなりに頑張ったんだと思う

部屋の中の片隅には、ママの荷物がまとまっていた。洗濯や掃除も、すべて片付いていた。

『○○が家に帰ってきたら、ママいないからね』と念を押した

泣かない。絶対に泣かない

そして、私は玄関を出た。薄いカーテン越しに、私を見ているのがわかった。どんな気持ちで見ているのかはわからなかった。


入学式が終わると、走って家に帰った

もちろんママは、いなかった

大好きなママ、ひとりぼっちの家、ひとりぼっちの高校生活

手料理の味

涙が、止まらなかった

61 :若チャン ◆mkWK7X3DHc :2007/03/08(木) 17:01:57 O
すごく切ない話ですね…なんとも言えません…。

62 :ほんわか名無しさん:2007/03/08(木) 21:47:14 O
まとめサイト作らん?

63 :ほんわか名無しさん:2007/03/11(日) 01:55:34 O
すでにあるよ

64 :ほんわか名無しさん:2007/03/11(日) 05:38:44 0
ママン。。。。


65 :ほんわか名無しさん:2007/03/14(水) 16:54:07 0
ほしゅage

66 :ほんわか名無しさん:2007/03/14(水) 17:51:19 O
いい話がききたい

67 :ほんわか名無しさん:2007/03/15(木) 15:26:02 0
子供の頃、父が飲んだくれだった我が家は極度の貧乏だった
しかし明るい母は4人の子供とアル中の父を抱え朝は築地の魚市場、
昼は貝類加工場、夜は寿司屋の店員と3つの仕事をこなしていて
寝てる間に帰って来る、目が覚めるともういないの繰り返しで
1週間のうち、貝類加工場が休みの土曜日の昼間だけしか顔を見る事が
出来ない毎日だった。そんなある土曜日、母がまだ就学前だった私を
野草摘みに連れて行ってくれた。普段、母と過ごす時間が無い私には
春の野原で母と2人、つくしやフキを積んだ事が本当に楽しく嬉しかった。

それから数十年が経ち飲んだくれだった父は他界し子供達も大きくなった。
今では昔の苦労が嘘のような楽隠居生活を送る母に、ふっと野草積みの事を
思い出し「あ〜ちゃん(母の事)と野草積みに行ったよね!普段は顔も
満足に見られなかったから、あの時は本当に楽しかった!」と何気なく
言った私に「あの頃は貧乏だったからね…。あんな野っ原に生えてる
草まで食べさせて…すまなかったね。」と母が泣いた。

子供だった私には、ただの楽しい野遊びだったけど母に取っては
子供達を飢えさせない為の苦肉の策だったんだね。ありがとう。
それ以来、毎年この季節になると、あの楽しかった野草積みを
思い出しては、ちょっと胸がつまる…あ〜ちゃん長生きしてね!

68 :ほんわか名無しさん:2007/03/15(木) 15:31:53 O
>>67
泣ける(´;ω;`)
あーちゃんの偉大さ 感じたし、きっとアナタも もっとあーちゃんとの時間が、幸せだったのね。

69 :ほんわか名無しさん:2007/03/15(木) 16:25:01 0
>>67
母視点で読んでみると、>>67の「楽しかったね!」が不憫で
二度泣ける・・・。

70 :ほんわか名無しさん:2007/03/16(金) 17:39:36 O


71 :ほんわか名無しさん:2007/03/17(土) 22:59:13 O
泣ける話やなあ

72 :ほんわか名無しさん:2007/03/19(月) 13:44:33 O
ある夏のツーリング。
初めてのロング。初めての北海道。出逢いと発見の連続だった。
その旅路も終わりに近づいたころ、直江津郷津で一人の老人に出逢った。
その日の朝は快晴だった。
数日続いた雨で荷物が濡れていたこと、またキャンプ場が海水浴場を兼ねていたこともあって
俺は荷物とともに日光浴をしていた。まるで干物になったような気分だ。
「もう何日目?」
ふいに声がする。目を開け、強い日差しのせいで青色がかった視界に入ってきたのは、

白髪でサングラスのご老人と車。話を聞けば、先々で出逢った人に聞いたおすすめの所や名所をたどる、
予定のない旅をしているそうだ。
「私はね、病気で胃もほとんど取ってしまったし、もう長くはないんだ。だからね、
向こうへの土産のつもりでね、この旅してるんだよ。」
昔の人は言っていた。旅は日常から非日常へのシフトだ、と。そして旅の終わりは、非日常から日常へと還ってゆくことだと。
またある人は教えてくれた。

73 :ほんわか名無しさん:2007/03/19(月) 13:46:14 O
旅を表す英語は色々あるんだが、特に journey は、長い旅、終わらない旅、人生の縮図という意味もあるのさ、と。
この人はその縮図の果てに、何を見たいんだろうか。
「君は北海道から帰ってきたのか! そうか、北海道も行ってみようかな。」
変わったところがいいと言うので、礼文島の桃岩荘ユースを勧めてみた。
そうだ、10月に東京でそのユースの大会が行われるそうなんで、よかったらそこで会いませんか?と日時を勧めてみる。
「じゃ私がそのユース行けばわかるから、その件は私の宿題にしましょう。その方が楽しみがあるでしょう。」
と返された。一本とられた。
「じゃ、また会いましょう。」
と言って、ご老人は行ってしまった。
俺はご老人が勧めてくれた「おわら祭風の盆」を見に、富山へ向かった。

夏は終わり、10月のユースの大会を前に、この人に手紙を出した。
東京での再会を楽しみにしています、と。

ご老人は大会に来なかった。
再度手紙を出しても、返事はなかった。
ご老人がどうなったか、わからない。

この人は人生の果ての間際に、旅という人生の縮図の中で、
何を求め、何を想ったんだろうか。
南会津の中嶋さん。
俺はその答えを聞きたかった

74 :ほんわか名無しさん:2007/03/19(月) 23:41:20 0
旅っていいよね。

75 :ほんわか名無しさん:2007/03/21(水) 11:20:39 O
うん

76 :ほんわか名無しさん:2007/03/21(水) 11:25:39 0
どう?
> ttp://sky.geocities.jp/ekikuroscience/

77 :ほんわか名無しさん:2007/03/22(木) 12:12:13 O
さあ

78 :ほんわか名無しさん:2007/03/24(土) 14:18:11 O
なに

79 :ほんわか名無しさん:2007/03/26(月) 23:06:15 O
79get

80 :ほんわか名無しさん:2007/03/28(水) 01:35:21 O
最近伸びないな

81 :ほんわか名無しさん:2007/03/29(木) 17:40:43 0
(´;ω;`)

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